タイ古式マッサージ研修 

2004年6月3日〜8日
ワット・ポー・マッサージスクール スクンビット校にて

まさしく伝承療法という感じ。手技は、先生より直接指導いただき体で覚える…という形式でした。先生には、日本語と英語でコミュニケーションしていただきましたが、とても前向きで、絶えず新しい日本語を覚えようとされてる姿勢には、頭が下がりました。

受講生は、定年退職したおじさんから、整体師やエステティシャン、アロマセラピスト、リフレクソロジスト、OL、新宿歌舞伎町の住人、自営業者、自分を見つける旅をしている人・・様々な人が居ました。

研修に対する姿勢も、受け取り方も、皆それぞれで、伝承療法の良さも悪さも感じずにいられませんでした。本当に大丈夫かなぁ・・と、思わずにいられない勘違い君もいましたが、ほとんどは熱心で誠実な仲間たちでした。

日本に帰って指導者となる人、施術者となる人、趣味とする人、これから考える人もいましたが、この時間の中で得たものを、持ち帰った日本で活かしていく事が出来るか否かは、自分次第であると痛感しました。

初めてのタイということもあって、屋台も敬遠していましたが、先輩受講生にくっついて、屋台で昼食を食べてみたら、美味しい!!

しかも、それまでに頼んでもらっていた「なんちゃって日本食弁当」の約1/5以下の価格です。すっかりハマってしまい、毎日通いました。

スクールの隣には、ワット・ポー直営のマッサージサロンがあり、古式マッサージ、フットマッサージなどが受けられます。

施術者は、女性でスクンビット近辺のマッサージ店より平均年齢はかなり上・・失礼!ベテラン揃いで個性的な施術者が多かったです。

私たちの講習の初日に、卒業される女性が「寂しい」を連発していました。早く修得したかった私は、その言葉を単なる社交辞令と思っていましたが、いざ自分の終了日には、とても寂しく、まだまだここに留まって居たい気持ちでいっぱいで、彼女の言葉の意味がよくわかりました。今度は、上級コースを受講しに再び戻ってくると誓って、日本に帰国しました。 
      2004・6 (M.N)


お世話になった先生方


チンタナー先生

(愛称 ナー先生)
マジメで真剣に教えてくれます。
独身レディです。

ジャンタウォン先生

(愛称ジャン先生)
ビデオでは、怖そうだが
とてもイタズラ好き







タイ古式マッサージの歴史

タイ古式マッサージは古くはスコータイ王朝のころからあり、インドのマッサージの影響を強く受けたものだと言われています。

ワット・ポーは王立寺院で、巨大で美しい涅槃仏が安置されています。また、境内の壁画では芸術、風俗習慣、古典医学など様々な学問分野について文章や絵で説明されており、庶民が誰でも自由に壁画を見て勉強することが出来るようになっています。(現在、描かれている内容は本に編集し出版されています。)

これは西暦1836年(仏暦2376年)バンコク王朝のラマ3世によって、ワット・ポーの大改修を行った際、医師などが集められ、診療 と薬草の調合法など1100種類の方法が文章によって壁に記されました。

このほか医学関係の壁画は、ヨガスタイルのつぼを刺激するポーズをとったタイの隠者の絵が80枚と、マッサージのツボを示す図60枚が同様にしてその壁に記されています。

 


事務所の様子

日本人スタッフも居るので安心

  

タイ古式マッサージ技術の継承

タイ古式マッサージでは呼吸のタイミングに合わせ指だけでなく、身体の力も使い、身体の硬さ、年齢、健康状態によってマッサージの方法も異なるので、一通りマスターするには最低30時間の受講を必要とします。

マッサージは (1)疲れを取る(2)部分的なケアー(3)女性の産前・産後のケアーの三つがあげられています。つまりマッサージ師は薬を使わず、つぼで身体の疲労や内臓器官の治療をする医者のようなものであり、もともとは、隠者が自分自身1人で出来るように工夫されていたといわれています。

マッサージの技術の継承は、代々親から子、孫へと、または僧侶から小僧、信者へと、家庭と寺を中心に行われてきました。その見よう見まねの口移しで伝授されてきた知識が、初めて正式に編纂されたのがラーマ1世時のこと、場所はこのワット・ポーで、1790年の寺院修復の際に、薬草学と行者(タイ語でルーシー)の身体矯正術の知識を、サーラー(あずまや)に彫り付けたのです。

その後1820年、まだ王子であったラーマ3世はラーチャオロット寺の修復にあたり、石盤に刻んだ薬学、按摩などの解説を本堂の壁に張り付け、即位後の1831年、2度目のワット・ポーの修復の時には、ここを一般庶民のための大学にしようとの考えから、マッサージを含む各種学問の編纂を行い、それをサーラーの壁や柱に彫り付けました。

その後、ラマ4世時にソンクラ県のマチマワート寺のサーラーの壁に、矯正術を図解した行者の絵80体が描かれ、ラマ5世時には、医学書の整理・編集と、クメール語、パーリ語からの翻訳が行われ、民間医学の公定教科書が作られました。

1906年にはクロムムーン・プーボディーラーチャハルタイらにより、按摩で最重要とされる身体の10の主線(セン・シップという)、並びに副線の図解を載せ、線と病気との関連、按摩の仕方、その体位、禁止事項などを解説したタイ式マッサージの公定教科書が作成されたました。

この教科書は王室按摩師(昔は 按摩師局というのがあり、王室専属のマッサージ師がいて、800のサクディナー[緑田。社会的地位を表す]を承り、プラヤー級の地位の者と等しい官職を与えられたという)の間だけで使用されました。

またこのラマ5世の時代には、タイで初めての医学学校が、現在のシリラート病院に建てられ、タイ式マッサージも教科のひとつになりましたが、生徒の関心の少なさが原因でマッサージのクラスは廃止されることになりました。

1892年に3年制の新タイ方医の学校(タイ方医と西洋医学を組み合わせて教えた)が設立され、ここでは体のだるさを取るだけでなく、病気治療のための上級マッサージの知識・技術の習得を目的とした576時間にも及ぶクラスが開校されました。

現在ではこれらの本の何冊かはタイの厚生省に認められタイの古典医学の基本文献となっています。この寺院で教えているコースの中でも特に古式マッサージについては有名で継続的にマッサージの治療を受けている人も大勢います。

治療法と製薬方法は土曜日と日曜日にのみ教えられており試験を受けて合格した場合厚生省から認定証が受けられます。また古典マッサージコースではコース終了生が安全にマッサージが出来るようになる為の短期間で終えられる基本的なコースも設けられています。40年前から多くのタイ人や外国人が勉強をしたり治療を受けたりしています。

外国人の為にバンコク市内のスクムビット通りに1998年1月よりワット・ポーの分校がオープンし、英語及び日本語・タイ語で授業を行っています。 

    (ワット・ポーマッサージスクールHPより抜粋)


  
お昼休みには、おやつをシェアしてくれる気さくな先生方でした。

     



受講生は個性的な面々・・老若男女様々でした。






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